「恵み深い神様」 ルカ1章26−38節 2016年7月17日(日)港キリスト教会 メッセージ要約

  「恵み深い神様」 ルカ1章26−38節
「神の恵みとは、それを受けるにふさわしくいない者に対して示される神の慈しみ(愛)」。父なる神は、私たちの罪からの救いのために、主イエス・キリストをこの世界に送るために、御子イエスの母としてマリヤを選ばれた。み使いはマリヤに、「何と恵まれた方でしょう」と告げた。では神様がマリヤに施された恵みとは?
第1は主があなたとともにおられるという恵み(26節―30節)。
神様がイエスの母としてマリヤを選ばれた3つの理由(条件)とは①婚約中の処女である(イエスの無罪性)②結婚相手はダビデ王の家系(ヨセフ)である(旧約預言の成就)③マリヤの信仰のゆえに。   
これらの3つはマリヤが神からの恵みを受けるための条件ではない。神が必要されたものである。
ではマリヤが神様から受けた恵みとは。「主があなたとともにおられます。」(28節)という恵みである。この恵みはマリヤだけでなく、神を信じるすべての者が頂ける普遍的(分け隔てなく)な恵みである。それは、私たちの神への信仰告白により、何の分け隔てなく、だれでも頂ける恵みである。
では、主が共におられるという恵みとはいかなる恵みなのか。この世においてはつらいことや、苦しいことや、悲しいことで満ちている。さらに将来の不安(健康・生活・災害・事件や事故)もある。また人間関係、夫婦関係、子育て、そして自己の悩みも尽きない。このような中で主があなたと共におられるとは、何と力強い励ましであり、大きな慰めであろうか。具体的にはいつでも、どこでも主はあなたの助け手、導き手、慰め主であるということである。
 第2は不可能が可能となる恵み(31−37節)。
 キリスト教について聞かれた時に、大抵の人がつまずかれる2つのことがある。1つはキリストの死からの復活。もう1つはマリヤによる処女の身ごもりである。しかし、この2つは人のアイデアではなく、天と地と人を造られた全能の神の御手による。その神を信じる者は、信仰によって不可能が可能となると約束された。イエスは言われた。「あなたの信仰のとおりになれ。」(マタイ9章29節) 神様は私たちの信仰に応じて不可能を可能とされる。人々の救いにおいてもしかり、あきらめてはいないでしょうか家族や人々の救い。不可能を可能とされる神様を信じて、あきらめないで祈り続けて行きましょう!
最後は神からの報いを受ける恵み(38節)。
 御使いのことばを受け入れるのは、マリヤにとって大きなリスク(不利)があった。婚約者ヨセフの誤解。ナザレは小さな村、瞬く間に彼女の身ごもりが発覚する。まして婚約中に身ごもるというのは場合によっては石打ち刑である。先々考えると非常に思い悩む。さらに、神の御子を身ごもるというのは大きな責任が伴う。実にマリヤにとっては大変な重荷である。でも彼女は、御使いの言葉を受け入れ、主に委ね、主に明け渡した。その結果、神様はマリヤをお守りになった。ヨセフは夢によってマリヤを受け入れ、み使いによって、赤子イエスヘロデ王による殺害の危険から守られた。少年イエスは、ますます知恵が進み、背丈も大きくなり、神と人とに愛された。そして、主の十字架刑の最中において、母マリヤをヨハネに託された。神の恵みを受けたマリヤ。その彼女の決意によって、主イエス・キリストの救いという測り知れない永遠の報いをもたらした。 私たちは将来を思い煩い、悲観し、憂い、心配しやすい。しかし主に信頼して、お委ねしないといけない時もある。「あなたのおことばが、この身になりますように。」と告白したマリヤから学びたい。